2000年7月9日(日)午後、早稲田大学教育学部14号館を会場に、日本比較教育学会が催され、私は「アメリカ地域の教育」部会において日頃の研究成果を発表しました。一般にはあまりなじみのない学会ですが、学会情報は一部関係者のみの占有であってはならないという私の考え方から、その成果を敢えてインターネットで公開します。ご意見、ご質問があればE−MAILでお願いいたします。

チャーター・スクールにおけるアカウンタビリティーの問題
―公立学校の民営化(PRIVATIZATION)を中心にー

菊地英昭(湘南教育文化研究所)


目次(このページ内の主要な項目にジャンプします)

はじめに

わが国におけるチャーター・スクール運動への関心
はじめに.....NEA/AFTの対応と本研究発表の課題
1.チャーター・スクールの増加と閉鎖

2.民間委託契約(contracted-out)方式による学校
チャーター・スクールに対する歪んだイメージ
(1)民間委託(privatization)とは何かーその歴史的背景
(2)民間委託とは何か?−AFTの見解
(3)AFTの「民営化」論
(4)A.シャンカーの警告
(5)ミネソタ州の事例
事例研究T  エディソン・スクール株式会社の教育経営
(1)1995年以来のめざましい発展
(2)2000年代の経営拡大
(3)カリキュラムの特色

事例研究U SABIS School Network-SABIS Educational Systems
事例研究V ADVANTAGE SCHOOLS.INC
結びにかえて
参考文献


はじめに
 本研究は、アメリカにおけるチャーター・スクール運動に関連して、長年取り組んできた学校選択とアカウンタビリティーに関する調査研究の一部として、今回は公立学校の民営化の問題を取り上げる。
 チャーター・スクール(以下[CS]と略す)とは、公費で維持される、一定期間の契約制の公立学校である。その基本原理は、(1)学校選択(school choice)制度を前提し、(2)法令・規則に縛られない自律性(autonomy)(3)結果(教育成果・学習成果)に対する説明責任(accountability)の明確化を要諦とすることの3点に求められる。CER(教育改革センター)の最新情報によれば、2000年6月現在、36州とワシントンD.C(以下DCと略す)がCS法を成立させており、実際には31州とDCで、約1700校のCSが創られ、そこで学ぶ生徒数は約40万人に達している。本年の秋の新学期には、さらに大幅な増加が見込まれ、この学校創設運動が公教育システムの中で今後どのように発展し、変容し、収束していくのか、現時点では正確な予測はほとんど不可能に近いが、これまで余り照明が当てられることの少なかった領域を取り上げ、改めてCSとは何かという全体像に迫ってみたい。
わが国におけるチャーター・スクール運動への関心
 わが国におけるチャーター・スクールに関する関心は、提起されている問題の大きさと深さを考えれば、教育学会関係での研究発表を含めて決して高いとは言えない。むしろ、教育現場の一部の教師グループや、学校選択の自由化をめざす最近の教育改革に携わる教育行政担当者の間で、アメリカのCS運動の動向に関心が高まっている。前者は、既に神奈川県藤沢市で、「湘南に新しい公立学校を創り出す会」が結成され、日本版チャーター・スクールの可能性が模索されている。また後者については、国会議員のなかにも保守、革新を問わずCSに関心を寄せ、教育改革の新しい施策の可能性をそこに探る動きもめだってきた。学区を撤廃し学校選択の自由化をすすめる東京都品川区、日野市の試みも実施段階に入り、今や学校の経営方針や個性・特色が重視される方向へと、学校改革は確実に動いていると言えよう。
 チャーター・スクールに関するインターネット上でのウェッブ・サイトがいくつかあり、筆者自身も「連邦教育省調査報告書第3次報告」の抄訳、「学会発表論文」などを当研究所ホームページで掲載している。
参考サイト 「創る会」 http://www.tamago.org/Tsukurukai/
湘南教育文化研究所 http://www.shj.or.jp/
教育改革情報最新ニュース http://www.umiaut.co.jp/onuma/news 
NEA/AFTの対応と本研究発表の課題
 アメリカのCS運動は、近年ますます全米各地に拡大し、公立学校のみならずプライベイト・セクターにまで影響が及び(私立学校から転用(convert)したCS、私学入学者への公費補助、バウチャー制など)、CSの持つ教育経営の自主・自立志向と、結果に対する責任(アカウンタビリティー)の重視の考え方は、今や既存の公立学校体系にも波及効果を生じている。アメリカの2大教員組合のNEA(全米教育協会)は、最近になって、NEA組合員がデザインした、独自のCSを全国の6カ所に創り、認可を得て、既存の公立学校ではできない実験的試みを、NEAのプロジェクトとして支援していく事業をスタートさせている。教員組合としては、CS運動は自分たちの立場や運動に明らかに「敵対するもの」であるにせよ、単なる批判や無視だけではいまや説得力がないことから、自ら積極的にCSに挑戦する戦術転換を余儀なくされたともいえよう。
 一方、アメリカ教員連盟(AFT)はシャンカー元委員長時代からCSを積極的に評価していたが、「アカウンタビリティーの評価こそCSの存立基盤であるにもかかわらず、その評価基準や、州のアカウンタビリティー政策が十分整備されていない」ことを指摘し、今日では「CSの民営化の問題」が緊急の脅威だと警告し、その対策を会員向けにマニュアル化している。
  参考サイト NEA http://www.nea.org/issues/charter/
    AFT http://www.aft.org/research/reports/charter/csweb/sum.htm
http://www.aft.org/privatization/profiles/index.html

 そこで本研究では、(1)CSをめぐる最近の動向を概観して、(2)その急激な発展の"陰の部分"に着目して,CS運動の持つ本質的な問題点を明らかにしようと思う。ここで、「陰の部分」というのは、2大教員組合が警鐘を鳴らしているように、アカウンタビリティーの結果としての「学校閉鎖」の問題であり、もう一つは、前述の「公立学校の民営化」(PRIVATIZATION)の問題である。発展途上にあるCSの輝かしい成果、手作りの学校づくりの物語については枚挙に暇がないほどの資料/報告集が氾濫しているが、CS運動のネガティブな側面には関心が向けられていないと思われる。アカウンタビリティーが重視されれば、学校経営の評価もまた厳しくなって、CSの契約を解約されるという事態は避けられない。同時に、経営効率を上げるために民間企業がパブリック・セクターに参入した場合、果たして生徒の学習成果の改善につながるのかどうか、また、企業が経営に失敗して撤退する場合児童生徒の学習を誰が、どう補償するのかという問題が山積している
       http://eric.uoregon.edu/trends_issues/choice/06.html
         Clearinghouse on Educational Management 教育経営情報センター(オレゴン大学)
         [Trends and Issues: School Choice]


1.チャーター・スクールの増加と閉鎖―

1999−2000年の動向
 連邦教育省の調査によると、1998−99年度には421校新たにCSが誕生し、CSに学ぶ生徒数は一挙に約9000人増加し、全部で25万人の生徒が学んでいる。前述のように、2000年6月現在、36州とワシントンD.C.がCS法を成立させているが、実際にCSを開校している州は31州およびワシントンD.C.で、5州(AR,NH,OK、VA,WY)ではまだCSは存在しない。ところが、CER(教育改革センター)の統計によれば、約1700校のCSに通学する生徒数はおよそ40万人であるとしている(参考資料の表1、2,3,4を参照されたい)。 その格差はさておき、これらの数値は2000年の新学期が始まる9月の時点で、さらに大幅に書き換えられよう。後述するように、民間企業がチャーター・スクール開発に力を入れており、既に認可が下り、2000年9月の新学期開校を目指して準備している学校がかなりの数に上るというデータもあり、学校数はさらに増大化が見込まれている。 
 年々増加の一途をたどるCSも、すべて順調に運営され、更新されているわけではない。CSが他の公立学校と決定的に相違するのは、前述のように、チャーターによって学校経営の有効期間と更新の条件が定められ、その期間内に所定の目標に達したかどうかが評価されるのである。そのハードル(審査)を越えられない場合はCSを閉鎖し、または、元の公立学校として再出発することになる。そこで学ぶ生徒の転校手続きは学区当局の責任で慎重になされるであろうことはいうまでもない。CSがCSとしてのアカウンタビリティー確保の必要条件として、この更新の手続きは重要である。 連邦教育省の「全米チャーター・スクール調査」2年次報告書によると、1997年にはアリゾナ(10校)、カリフォルニア(5校)など6州で19校が閉鎖された。さらに続く4年次報告書では、1998−99年度で27校の閉鎖が確認され、1991年のスタート時点から59校となり、これはCS全体の4%にあたると指摘している。 一方,CERの発表によれば1999年末の時点で、39校のCSが閉鎖され、これはCS総数1713校のわずか2.3%に当たるとしている。その原因として、入学者が集まらない定員割れ、教育経営上の失敗や財政破綻、不適切な教育プログラム、杜撰な学校運営による閉鎖、あるいは、自発的に閉鎖した学校もあったという。理由はいずれにしても、「こうした閉鎖こそアカウンタビリティーの証左なのであり、チャーター・スクール運動が有する効力の一つである」と同じ記事 (2/8,2000付け/http://www.edreform.com/charter_schools/today/を参照されたい)で述べていることは注目してよい。 CSの実態を把握する統計資料は、以上見てきたようにかなり格差がある。その数値の相違はともかく、公立学校であるCSの「学校閉鎖」が投げかけている問題は余りにも大きい。なぜなら、伝統的なパブリック・セクターにおいては、経営破綻や閉鎖という問題は、特殊な人口動態の変化による以外は考えられなかったからである。その背景には、学校選択(school choice)と市場原理(競争原理)という二つの大きな問題が横たわっているのである。サービスの受け手(顧客)としての子どもと父母達にとって魅力がなければ入学希望者は集まらない。これが市場の原理である。同時に、「同じコストをかけるならもっと効率的な経営ができる」と宣言する企業が出現してもおかしくはない。そこに学校の民営化論が登場する。 実際、最近のCS運動の主な傾向として、公立学校を民間の営利会社が経営するというスタイルが多くなってきたことがあげられる。アカウンタビリティーを考える上で、この動きは無視できない。そこで今回はCSの民営化の問題に一応絞って実態を探ってみたのである。

2.民間委託契約(contracted-out)方式による学校

問題提起 チャーター・スクールに対する歪んだイメージ 

資料1  「私企業が公立校運営―チャーター商法急伸」
                 と題する読売新聞記事(1/30,2000)

 「アメリカで州や市町村のかわりに公立の小、中、高校を運営し、※1利益を上げる『チャーター・スクール』と呼ばれるビジネスが急拡大している」「教職員組合からは『教育現場にまで効率至上主義のビジネスの論理を持ち込むべきではない』との批判もでているが、チャーター校は一般の※2公立校時代よりも教育レベルが上がったケースが多く、※3ビジネスとして定着しつつある」という書き出しで始まる。
 残念ながら、新聞記事とはいえ、重大な事実誤認やCSの趣旨や実態とはかけ離れた偏見が散見される。「ビジネス目的のチャーター校は※490年に初めて誕生した。チャーター校大手のテサラクト社がフロリダ州マイアミで、市から小学校の運営の委託を受けたケースだった。その後※5財政難に悩む自治体がこうした方式に注目し、現在では全米37州の1674校で運営されている※6チャーター校を運営するのは私企業だ※7現在ではほとんどの州が、3年間の成績を見て認可を延長するかどうかを決めることにしている」 等
※1 CSの一面しか見ていない。民間の私企業が経営するのは全体のごく一部である。(後述)
※2 CSには1.公立からの転用(convert)校2.私立からの転用校3.新設校の3種類があり、一義的には言えない。
※3 ※1と同様、この表現はCSの実践者にとっては不本意であろう。
※4 CS法の第一号は1991年にミネソタ州議会で採択され、CSの第一号はセントポール市に創設された「シティー・アカデミー」で1992年である。それ以前にはCSは存在しないはずである。これは後述するコントラクティング アウトと呼ばれる民間委託である。
※5 この文脈では、1674校のすべてのCSが、「自治体の財政難」が理由で、ビジネス企業が乗り出したという印象を免れない。事実は、生徒の学習成果(=学校の教育成果=アカウンタビリティー)を高めるためにCSを創設したという真の事情が伝わらない。
※6 ※5と同様、結局こういう短絡的な偏見に陥る。こうした「事実誤認」が日本全国に流布することによって、CSに対する歪んだ偏見が醸成される。
※7 事実誤認。チャーターの認可期限(有効期間)は3年というのは11州しかない(1999年春)。5年というのが12州、その他アリゾナ州は15年、ミシガン州、ミズリー州は10年という風に、州によって事情が違う。

(1)民間委託(privatization)とは何かーその歴史的背景

 『チャーター方式で学校を独自に経営し、その結果―経営成果/教育=学習成果―に対する責任を、契約の更新か解除かという明確な形で、「負う」公立学校』がCSであるとするなら、ある学校または学区の教育経営を一定の条件である民間企業が「請け負う」というCSの新しいスタイルが当然予想されよう。教育サービスを提供する民間企業が公立学校経営の一部を「請け負う」というスタイルは、しかしCSが登場する以前にもあった。
 アメリカでは、"市場主義経済が効率面で公的管理に優る"という考え方が有力である。特に共和党の教育政策には、1960年代のミルトン・フリードマンが提唱したバウチャー制度を支持する勢力が今日も根強い。1970年代のはじめの共和党政権下、既に150学区の教育当局は民間企業の公立学校への参入を認め、「読みの指導」「「数学プログラム」などの特定教科の教育プログラムを提供する企業にその指導を委託していた。パフォーマンス・コントラクティングと呼ばれたこの戦略は、生徒の学習成果を向上させようという行政当局の政策意図からなされたものだが、「その教材のつまらなさ、単一のプログラム、次々と起こる経営上の諸問題、テスト対策とも言えるような、偏狭なカリキュラム内容、コストの上昇」などで、生徒の学力改善にはつながらなかったといわれている。 〈Carol Ascher (1996)/Rima Shore(1996) 〉 中でも、AFTの元委員長シャンカーが生前強烈に「警告」した民営化の嵐(後述)は、2000年代に入った今日新たに息を吹き返し、改めてアカウンタビリティーの観点からチャーター・スクール運動と連動して急速な拡大がはかられている。
 その動向をいち早く察知して、全国の教育関係者に向けて、警告を発したのがAFTのウェッブ・サイトの特集"PRIVATIZATION"である。

(2)民間委託とは何か?−AFTの見解

CSは、「学校を創りたい」という教師、父母、その他の熱心な地域の教育経営者などが申請して、学区教委その他の認定機関とチャーターを取り交わすことによって成立する。一方、申請者が営利企業の場合、学区当局は学区内の公立学校の経営を企業に委託する方式が民間委託である。この場合、一定の条件(契約期間、経営の達成目標、報酬等)で単なる委託契約を取り結ぶ場合と、CS法に従って、CSとして認定機関と契約関係にはいるという2つの形式がある。最近の傾向として、後者すなわち法令に縛られることなく、当局の指導・助言などから自由なCS方式を選ぶ企業が目立つ。地方学区教育委員会、州教育当局、政府機関が、行政サービスの一部を民間会社に委託して、複雑な諸問題の解決を効率化するケースが近年増大化している。AFTによれば、民間委託方式は次の四つの類型に分けられる。
  資料 http://www.aft.org/privatization/index.html
  1. 政府管轄の施設の運営権(franchises)を私企業に与える方式で、いくつかの州で実施されているチャーター・スクールはこの方式である。  
  2. 私的なサービス提供者(たとえば私立学校)からサービスを購入する場合、その利用者(父母)に(公費による)バウチャー(有価証券)を分配する方式
  3. 公的財産(不動産など)をプライベート・セクターに払い下げる方式
  4. 公立学校の運営(management),タイトル1の治療教育、もしくは学校の通学バス、食堂経営、罪を犯した者の保護施設の管理運営、といった特定のサービスを私企業が提供することを委託契約(Contracting out)する方式

(3)AFTの「民営化」論

 AFTは主に全米の公立学校や高等教育機関の教育専門職、さらに公共機関(病院など)に働く専門職員など、約100万人の会員を誇る教職員組合である。公務員としての専門職の立場から見れば、最近の、一部の公立学校における民営化の動きは、「脅威(threat)」として受け止められ、AFTウェッブ・サイトでは特別のページ("Privatization" と題す)を開設した。 そこではAFTの立場から、4つの論点が掲げられている。
  1. 民営化は公費削減になるとは限らないこと。民間に委託転換するのにかかる「隠れた経費」(hidden costs)―全体の約4%−がほとんど考慮されていない。企業は利益水増しのために設備、必需品などを学区当局に高く売りつける。
  2. 民間請負業者(private contractors)は地域住民、選出された行政当局に対して責任感に乏しい(less accountable)。いったん委託されると、職員の専門的知識・見識や蓄積は排除され、学区の権限は失われ、民間業者の意のままになる。契約更新規定も、財政上、政治上のコストが高くついて、有名無実化する。文書類、意志決定の手続きなどの情報公開義務がなくなり、閉鎖的になる。請負業務はともすると職員と業者のなれ合い、癒着、腐敗を生む。
  3. 民営化は地域、州の経済界にも打撃になる。被雇用者、地域住民の税金が、他の州に本部のある委託業者に流れる。地域住民は家族を養うパブリック・セクターのしごとを失い、高価な社会サービス料を支払うことになる。官庁の仕事に関係する地元業者は徐々に発注が経る。
  4. もう一つの選択:公共サービスは第一線で働く専門職員との連携・協力(Partnership)を確立すること。予算の削減、サービスの改善は、このパートナーシップによって可能であり、熟練した専門家の知恵と経験から組織の再編がすすむのである。競争入札による民間委託という事態になったら、"Contracting out"ではなく"Contracting in"の原則を貫いてほしい。
次のページでは、会員向け情報として、学区当局、教育委員、校長等管理職者、議会議員などの発言や動き、ローカル・メディアの公立学校、学校職員、サービス内容の批判などの論評に注意し、警戒するよう呼びかけている
(4)A.シャンカーの警告
 AFTのシャンカー(Albert Shanker) 元委員長は、既に6年前に、AFTのウェブサイト上で3回にわたって、教職員組合の立場から公立学校の民営化に対する脅威と危惧の念を全組合員に向けて表明している。シャンカーがそこでやり玉に挙げている企業は、ミネアポリス(MN)に本拠をおく、公立学校の民間経営開発会社の先駆者として、全米最大規模の経営を誇っていたEAI(Education Alternatives , Inc)という会社である。1991年にデイド・カウンティー(FL)の小学校で実績を上げ、1992年新学期からボルティモア(MD)の9校の経営を請け負ったが、1995年には同市教育委員会から契約解除の通告を受け撤退した。なぜ、EAIは失敗したのか
 シャンカーは、「実績もない教育の素人に、子どものニーズに見合ったカリキュラムを開発できるわけがない」と一蹴する。「その考え方はプレスには大変受けがよく、賞賛する記事まで出回り、連邦政府もその世論に押されて全国に研究開発のための補助金をつけた。しかしながら、その後たちまちのうちに、次のようなホラー・ストーリーを聞くようになる。教室はばらばらで統制がとれなく、パフォーマンス・コントラクティングを導入した学校の生徒の成績は普通の公立学校の生徒程良くない。ある学校では、生徒の成績を上げるために、同じ問題を何度も繰り返して点数を上げたり、あらかじめそのテストの答えを教えたりしたこともあったという」「ボルティモア市の9校の公立学校を請け負ったときは、実はその責任者もその規模とその責任の大きさにとまどって契約変更を懇願したと、その責任者に聞いたことがある。同市の市長や教育長はもちろんそれを断り契約通り遂行するように命じたという」「学校の体育館を建てるのに営利会社と契約してその建築を任せるのと、営利会社に学校の経営と生徒の学力改善を"請け負わせる"のとは同じだというのか?ボルティモア市は敢えてそれを選択したのだ」「EAIは我が社の利潤を稼ぐために、学級規模を拡大し、特別なニーズを持った子供の特殊教育の教室は解消し、普通学級に知的障害を持った子供を、個別の指導者も配置せず一緒に座らせた。専門的訓練を受けた助手を解雇し、時給7ドルの身分不安定な実習生を雇って出費を削減した」。
 シャンカーは、「ボルティモア市がEAIと交わした委託契約は、実は学区を破壊(rape)してもよいという許可証であった」と痛烈に批判している。しかし、シャンカーは、民間委託を全く否定しているわけではない。CSがミネソタでスタートするとき、シャンカーがAFTの年次総会で教員の専門的自律性を高めるものとして、支持する演説をし、採択された(1988年)ことはよく知られている。「教師は、教育行政に携わる者とともにCSの出現を歓迎しなければならない。融通のきかない、決まりきったやり方を壊し、普通の学校教育プログラムでは生かし切れない生徒達の求めに直接、応えていく機会を手にすることができるのだ」(J・ネイサン/著、大沼安史/訳「チャータースクール」 一光社 p。92)
 シャンカーの3つの論文で言いたかったのは、その後AFTが機会あるごとに強調しているように、教育専門家としての教員こそ改革の主導者でなければならぬと云う信念であり、採用に当たっては教員資格を厳しく求めるべきだという点である。( http://www.aft.org/stand/previous/1994/010294.html 「Where We Stand」と題するページに掲載されている。1994年 1/2 「Getting Good Value」 3/6 「A History Lesson」 、6/5 「Striking Good Bargain」の各小論文)
(5)ミネソタ州の事例
 ミネソタ州のツインシティーには、二つの営利を目的とする民間企業(EMO―Education Management Organization)がある。一つは、先にふれた通り、ミネアポリスに本拠をおくEAI(Education Alternative, Inc)で、フロリダ州デイド・カウンティー小学校1校、ボルティモア(メリーランド)の9校、ハートフォード(コネチカット)の学区全体(32校 )の運営を委託されたが、市当局、住民とのトラブルで契約は解約され撤退したのである。現在、同社は[TESSARACT GROUP]と改名し、6州で40校(24校は就学前のプレスクール)の公立学校を経営している。2000年秋には、少なくも5校で開校し、就学者数は9000人にのぼるという(そのうちCSの数は不明)。もう一つは、セントポール市に本部のあるPSG(Public Strategies Group ,Inc)で、この企業はミネアポリス学区の財政再建に功績があり、地元の教員組合の支持も得て同社社長が教育長に選任されて独自の経営を展開した。ミネアポリス学区(79校)の経営を3年契約で託された企業で、学区全体の教育経営を委託された全米最初の企業として知られる。
 ナッシュビル(テネシー州)のAPS(Alternative Public Schools, Inc) 1995年9月、ペンシルベニア州・ウィルキンズバーグ学区のターナー小学校の経営を請け負ったのである。委託金額は生徒一人あたり5,400ドルで計算され、カリキュラム、予算、人事に関する権限を委譲された同社は、独自に教員を採用し、それまでの教員は配転または失職に追いやられたという。その後,NEA系の教員組合は「学校経営の民間委託は州教育法に違反する」と主張し訴訟問題に発展した。
参考文献
CLAIR REPORT; ;米国の公教育とチャータースクールー公教育の選択・文献・民営化
(財)自治体国際化協会 ,March 31,1997  pp31−32

事例研究T  エディソン・スクール株式会社の教育経営

(1)1995年以来のめざましい発展

 EMOの中でも、近年、めざましい発展を遂げた公立学校の民営会社としては、全米最大規模を誇るエディソン・スクールがあげられる。1992年に創立された同社は本部をニューヨークに置き、最初の1995年にはマサチュウセッツ、カンザス、ミシガン、テキサスの4州に4校開校したが、2000年6月現在で、全米16州とワシントンD.C.と36都市に公立学校79校を運営し、38000人の児童生徒を教育しているという(http://www.edisonschools.com/news/news0.html参照)。さらに、2000年の秋の新学期には、新たに29校のエディソン・スクールがスタートし合わせて108校になり、就学者数は一挙に57000人〜59000人になると見積もられている。これは、前年より19500人〜21500人の増加で、その前の年の12000人増よりも高い増加率となっている。もちろん、これらの数字はCS法に則ったCSのみならず、地方学区教育委員会、州教育局との間の契約―コントラクティング アウトーも含まれていることに注意したい。いずれにせよ、わずか5年の間にこれほどまでに急成長している教育産業はめずらしい。

エディソン・スクールの発展

1995年 5校 TX,KS,MA,MI
1996年 7校 [TX,MA(2),KS,MI(2),FL
1997年 16校 [TX,CA,CO(3),KS(2),MA(1),MI(5),MN(3)]
1998年 23校 [TX(3),、CA(5),CO(2),CT,DC(2),MI(7),MN, NJ,NC
1999年 31校 [TX,CA(3),CO(2),CT,DC,GA(2),IL(5),IA ,MI(6),、MN,MO(5),NJ,NC,OH]
2000年 (推定) PA、MD,NY,WI,DE,NC,NJ,MN,MI,MA,KS,IL,GA]
※州名付属の(  )内はその年度の新設校の数/太字はその年度にはじめて契約の州
※参考サイト   http://216.149.91.143/schools/s_map.html
(2)2000年代の経営拡大
 エディソン・スクール株式会社の創業者、クリストファー・フィトル(Christopher Whittle)は、テレビメディアの「チャンネル1」のオーナーとして活躍していたが、1991年に学校経営に方向を転換、最初は、全米に名門私立学校を1000校創る目的でスタートした。今日のような公立学校の経営委託業務は、元エール大学学長B.シュミットを教育担当責任者に迎えてのちのことである。フイットルは1995年、1,500万ドルを同社に投資し、大規模な公立学校経営に乗り出したのである。
 1999年11月、店頭株式を公開した同社は、「THE EDISON PROJECT,LTD.」から「EDISON SCHOOLS ,INC.」(Nasdaq : EDSON)に社名を変えた。同社は、営利を目的とした教育請負業であり、最近では大規模なCS会社(charter school company)あるいはCSデベロッパーとして脚光を浴び、今回の株式公開では、$122.4百万〔1億2240万ドル〕の資金を手に入れた。メリル・リンチ、ピアース(Pierce)、J.P モルガン、バンク.オブ.アメリカ、ドナルドソン、ラフキン&ジンレット各証券会社、(株)WSI、マイクロソフト&UBSキャピタル、スイス銀行など各大手金融会社などが大株主として名を連ねている。さらに、102万株(1株あたり$18)の増資を計画しているという。
 それに伴い、次々と大プロジェクトが発表されている。その第1が、今後さらに全米に公立のエディソン・スクールのネットワークを確立することであろう。第2は、エディソン・スクールにふさわしい教員の養成大学を2,003年までに建設することであり、その教員養成大学の学長には、すでにデトロイト市の元教育長D.マックグリフが内定しているという。第3は学校のIT化を進めるためにコンピュータを駆使したモデル校をIBM社と提携して開発すると発表している。すべてのエディソン・スクールはIBMのソフトでネットワークが立ち上げられるという。
 このように、エディソン・スクールは豊かな人脈を活用して、投資家を募り、また学区当局と直接交渉し、教育経営の委託を受ける「コントラクティング・アウト」方式を堅実にこなしていることが業績好調の要因の一つと考えられている。
(3)カリキュラムの特色
 多くの生徒・父母に人気がある最大の理由は、カリキュラムの魅力であろう。その学区の一人あたり教育費の範囲内で、生徒の学習成果(パフォーマンス)を確実に改善し、そのために一日の時間割/年間授業日数を増加させ、コンピュータ教育の徹底をはかるという戦略があげられる。生徒一人一人の家庭に一台づつのコンピューターを配置し、教員にはそれぞれ携帯用ノートパソコン(laptops)を配分して授業に活用しているのである。そのための設備投資として、開校時には一校あたり150万円会社が支払うのである。最終的には、生徒、親、教職員間のコンピューターネットワークを確立し、教育効果を高めることが目指されている。
 参考サイト
http://www.aft.org/orivatization/profiles/index.html(AFTの特集記事)
http://www.edisonschools.com(エディソン・スクール)

事例研究U SABIS School Network-SABIS Educational Systems

 国際的な学校経営会社として、合衆国、アフリカ、ヨーロッパ、アジア各国で19校の学校を経営している。もともとは1886年にレバノンに開校したInternational School of Choueifat という学校が元祖である。現在Vaduz(リヒテンシュタイン)に本部を置く。アメリカの開校第一号は1885年のミネアポリス(MN)の「The International School of Minnesota」という私立学校で、1985年である。SABISが初めてCSを開校したのは1995年で、スプリングフィールド(MA)である。その翌年く同州に2校のCS(Foxborough Regional Charter School /The Somerville Charter School)を創設した。2000年9月には、フリント(MI)、クイーンズ(NY)にそれぞれ1校ずつ開校予定である。オハイオ、ノースカロライナ、ワシントンD.C.では既にCSの認可が降りている。
 SABISは、独自に設定した教育目標に従って標準化された(a Standardized,goals-oriented) カリキュラムを活用し、数学、科学、英語と世界語(敢えて外国語といわない)を必修とする。生徒の学習成果、教師の教育成果を確認するために、頻繁にテストを実施する。しかも、教材、教科書、さらにテストなど一切他業者の者を使わず、自社で作っていた。
 しかしながら、CSを巡って、独自の国際的なカリキュラムでは生徒の学力が正当に評価されないという事態に遭遇した。1997年秋シカゴ(IL)に市内最大のCSを開校したが、シカゴ市CS委員会は,SABISとの契約を翌年の1998年12月に急遽解約したのである。理由は、教職員の不足,UAE(アラブ首長国連邦)から毎回届く試験問題が遅れたり、テスト内容が授業内容と一致しない、あるいは英国式の綴りを強要すると云った、学校経営や指導方針に対する父母、教師達の不満であった。シカゴ市教育委員会は,SABISと親達とのコミュニケイションの欠如、校舎の維持管理の杜撰さに不満だったこともあげられている。結局、その後この学校は「American Quality School」という別の非営利の民間組織によって経営が引き継がれている。
参考 SABISのホームページ( http://www.sabis.net

事例研究V ADVANTAGE SCHOOLS.INC

 同社もまた近年急速に発展する学校経営会社の一つで、ボストン(MA)に本拠地を置く。主に都市部の生徒を対象に、NC,AZ,NJ,MI,IL,TX,PA,MA等8州に及ぶCSのネットワークを着々と形成している。1997−98年度は2校のCSでスタートし、翌年度は8校に増え、約4500人の就学者を誇る。
 2000年秋の新学期にはさらに10校(新たにDEの1州が加わる)のCSが開校を予定し、生徒数は一挙に10000人が見込まれている(HTTP://WWW.ADVANTAGE-SCHOOLS.COM/ 参照されたい)。
 「ADVANTAGE SCHOOLS:TRANSFORMING URVAN PUBLIC EDUCATION」と題する同社のホームページによれば、「本校の教育目標は、社会的、経済的な背景の違いを越え、また以前の学力の優劣を越えて、すべての子どもたちが、高度な学力水準に到達できる、新世代の、世界レベルの都市部公立学校を構築することである」と冒頭で述べ、k−12の全領域の一貫教育で、独自の教育方法を開発して成果を上げている。
 年間出席日数は200日、一日7時間半の厳しい授業計画に従う。第二外国語は第2学年から始まる。校内では制服の着用が義務づけられている。
 "健全な精神は健全な肉体に宿る"をモットーに、厳格な礼儀、市民道徳([Code of Civility]として知られる)が重視され、伝統的な座学に対して少人数の指導グループ方式(年齢ではなく、能力・適性別)−Direct Instruction(DI)というーがカリキュラムの特色とされる。5歳で読みの指導、8歳で外国語、10歳で代数の授業が提供される。
 フェニックス(AZ)のAdvantage School は、同州のシンクタンク、「Gold Water Institute」 と同盟関係にあり、支援を得ている。やはりCS研究で有名なボストンのパイオニア研究所(Pioneer Institute)と協力関係を結んでいる。マサチュウセッツ州の州教育委員は、同校のカリキュラム諮問委員会の委員をかねている。もう一人の教育委員はパイオニア研究所の所長という関係である。
 AFTの「プロフィール」によれば、同社はこれまで学校の建つ地域の政治的指導者、教育関係者との連携・協力を重視して基盤づくりを重視してきたといえる。

結びにかえて

 今日ほど、金融業界はじめ、保険、建設、百貨店など、企業の経営責任が問われる時代はない。営利を追求する企業家たちは今学校教育の世界に、経営拡大の可能性を模索している。不断の経営努力にも関わらず、企業活動には「経営破綻」「学校閉鎖」という究極の"断末魔"がつきまとう。
 それほど、公立学校都教委区当局が危機に瀕しているといっても過言ではない。
 CS運動は、生徒が安全な学習環境で、教師の創意工夫を生かして、生徒の学習成果を高め用という目的から始まっている。公立学校では提供されない教育を受けるために、私立学校がある。CSは本来私学に任されてきた特色ある教育を、公費で負担して誰もが受けられるようにしようという考え方である。
 本研究はCS研究の一環として、民間委託という最近の顕著な動向に注目してその実態を探ってみた。膨大な情報量をこなしきれず、調査はなお途中であるが、民間委託はあくまでもCS運動の亜流であって、本流ではないことをここで確認しておきたい。CS運動の担い手は、草の根の、教育熱心な教師であり父母、地域の教育関係者である。しかし、前述したように教育界の民営化=私事化(privatization)は確実に進行し、公立学校がますます多様化していく傾向は否定できない。この複雑怪奇なメカニズムを解明するのが今後の課題である。

参考文献

  1. Texas Open- Enrollment Charter Schools /Third-Year Evaluation, Texas Center for Educational Research/ University of Texas at Arlington/University of Houston /University of North Texas, March 2000
  2. Colorado: School Choice 1999,3/19 ,1999 http:www.heritage.org/schools/colorado.html
  3. Amy Stuart Wells/ Research Associates. UCLA Charter School Study: Charter School Reform in California; Does It Meet Expectations? ,Phy Delta Kappan, December 1998 ,pp 305-317
  4. Lynn Schnaiberg ;In Midst of Skepticism and Scrutiny, NEA's 5Charter Schools Push On, EDUCATION WEEK,3/11,1998
  5. Accountability: Standards, Assessment, and Using Data; Charter Friends National network ,1999 http://www.uscharterschools.org/tech_assist/ta_standards.htm
  6. Accountability and Evaluation Proposal; Colorado League of Charter Schools,1999
  7. Brunno V. Manno, Accountability: The Key to Charter Renewal: A Guide to Help Charter Schools Create their Accountability Plans 1998
  8. Accountability for Student Performance: An Annotated Resource Guide for Shaping an Accountability Plan for Your Charter School ; Charter Friends National Network, 1998

[HOME]