はじめに
 アメリカにおけるホームスクール運動研究の第一人者として有名なブライアン・D・レイが最近出版した、ホームスクール運動の国際的動向に関する研究が公刊されました。その一部を、ここに抄訳して、最近の情報を紹介させていただきます(翻訳文責:湘南教育文化研究所 菊地英昭)

湘南教育文化研究所

 アメリカの発明王エディソン(Thomas  A. Edison1847〜1931)の幼少時代、7歳で小学校に入学したが、学校にどうしても適応できなかった。好奇心の塊で、何に対しても疑問を持ち、質問好きで大人たちをよく困らせた。「彼は頭がおかしい(addled)」と担任の先生はつぶやく。入学して3ヵ月後、彼の父母サムエルとナンシーは、学校へやらずに家で彼を育てることにした。「学校」に通わなくとも、生来の能力を開花させ、世の中に貢献した科学者や指導者は珍しくない時代であった。学校は子育ての単なるひとつの選択肢に過ぎなかった。
ほぼ100年後の1970年代末、全米(その他の先進国も同様)の学齢児童の99%以上が教室のそろった校舎を持つ“学校”に通学していた。そして、“70年代以降、子どもの学習の場は必ずしも学校に限られない。家庭や地域社会が本当の学校だという伝統的な考え方が再び台頭してきた。この静かな教育革命は、アメリカのみならず世界各国に広がりつつある。

原文出典
Brian D. Ray, PH.D. Worldwide Guide to Homeschooling :Facts and Stats on the Benefits of Home School, Broadman & Holman Publisher, 2002

ホームスクールとは何か?  Brian(2002) p.27-28
Home-based education involves:

  • a personal commitment by parents to raise and educate their children,
  • family-based, and usually parent-led, or sometimes student-led studies,
  • a program conductive to individualization
  • a home setting rather than a conventional classroom or institutional setting
  • family participation in neighborhood and community activities, and
  • parents, children, and youth using resources that are open to the public to enhance education.
はじめに
 ホームスクーリング/家庭教育(Home Education)/家庭を学習拠点とする教育(home-based education)(home-centered learning) と、呼称はいろいろだが、今世界中でこの種の学齢期の子どもの教授=学習形態が見直され、再評価されている。政治家や教育専門家は子供の生活にもっと規律を求め、厳しく統制すべきだと主張する一方で、親こそ、知識や感性にかかわる子供の教育にもっと責任を持つべきだという本来の伝統的な教育観が急速に広まっている。
ホームスクーリングは、児童、生徒というものは、本来それぞれの家族、家庭、地域社会(community)そして国家という文脈で学習し、社会化していくものだという考え方を前提としている。それは、個々人のニーズやわが子の教育についての親の適切な役割、そして子供の生活の中で地域社会が果たしうる独自の役割を最大限に尊重すべきだという考え方に基づいている。
  • 西洋文明社会の歴史を見ても、19世紀後半までは父母の監督または父母主導の教育形態が長い間主流を占めていた。それまで、子を持つアメリカの親たちにとって、子育てとは、子どもが聖書を読めること、基本的な読み書き、計算ができること、さらに自立するための職業準備教育という一切の教育責任を負っていた。(James C.Carper, “Home Schooling, History, and Historians: The Past as Present 1992)
  • 1970年代後半から80年代にかけて、アメリカにおけるホームスクール運動は一躍脚光を浴びることになる。その理論的指導者に、John Holt, Ivan Illich , Jonathan Kozol 等がいる。“脱学校社会”(DESCHOOLING)、“オールタナティブ教育”(ALTERNATIVE education)という概念は当時盛んにもてはやされたのである。1970年代にオールタナティブ・スクール運動の推進者たちはその後ホームスクール運動に積極的に関わるようになったという報告もある。(Michael Steven Schepherd, ”The Homeschooling Movement:An Emerging Conflict in American Education East Texas University 1986)
  • 1970代以来、ホームスクール推進論者の多くがキリスト教の聖書や宗教的な原理を信奉するようになった。ホームスクールはこれら保守的な原理主義の象徴と見なされ、
  • 前近代社会では世界中どこでもホームスクーリングは常識であったが、1970年代半ばにはほぼ絶滅に近い状態であった。義務教育制度が確立し、学齢期の子供は誰でも学校に通学することが義務づけられるようになったからである。
  • しかし、その後の20年間に、劇的に変化し、ホームスクールは急激に増大した。その背景にはマスコミ関係者の関心と報道量の増加が挙げられよう。1998年11月号の「Newsweek」誌には、カバーストーリーで報道され、2001年8月号の「タイム」誌でも同様に扱われ、大きな反響を呼んだ。ニューヨークタイムズやウォールストリート・ジャーナルでも大々的に取り上げられ、ホームスクールの存在が瞬く間に人々に知られるようになったのである(以上「前書き」より)。
  • 2010年度までには、アメリカのホームスクール人口はおよそ300万世帯に達するだろう(p28)。
資料1
Edward& Elaine Gordon ; Centuries of Tutoring : A History of Alternative Education in America and Western Europe, University Press of America 1990
Michael P. Farris, J .D.
ホームスクール運動の世界では、国際的にも最もよく知られているホームスクール実践家。弁護士。親はわが子の教育をする権利を持つべきであるというのが持論。1971年、Vickyと結婚して以来、19年間に、10人の子どもと3人の孫たちを、それぞれ家庭(1982年〜)で育てた。2000年9月開校したPatrick Henryカレッジ(ヴァージニア)の学長に就任。Home School Legal Defense Association の常任弁護士で、委員長を務めている。HSLDAは現在72000人の家族会員を有し、60人のスタッフを抱えている。「Education Week 」は20世紀に全米で教育に貢献した100人の一人(Faces of a Century)に彼を選んだ。
ドイツ国内の動き
  • ドイツではホームスクール運動は20年前に始まった。今日300世帯のホームスクールの家族が確認されている。これは、アメリカと同様、法律の改定、立法者、弁護士などの強力な支援の賜物といえる。→ Home School Legal Defense Association
  • ドイツにも法的擁護協会が最近(2001年)設立された。→Schulunterricht
    zu Hause
世界のホームスクーラー人口 
前近代の家庭中心の教育(home-based education)が、近代義務教育制度の中で新たに息を吹き返し、ホームスクーラー人口が急増している。オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、メキシコ、南アフリカ、イギリス、日本と、その分布は世界各国に広がっている。カナダでは2000−01年に、5万人から95,000人の生徒が家庭で学んでおり、イギリスとウェールズでは、13,000人から5000人と見積もられている。オーストラリアは35,000人から50,000人という見積もりがある。 アメリカの場合はより正確な積算がなされ、全米家庭教育調査研究所(National Home Education Research Institute/NHERI)によると、160万人から200万人の生徒(k−12)が、家庭で教育を受けている(being homeschooled).この数字は1990- 1991年度と比べれば、500%の増加率である。年間増加率は7%から15%と見られている。
どんな家庭がホームスクールを選択したか?
あらゆる社会的、人種的背景を有する様々な家庭がわが子の教育を自分で引き受けている。第10学年卒の父母の家庭もあれば博士号を持つ親もある。キリスト教徒、人道主義者、ユダヤ人もあればイスラム教徒もいる。両親そろった家庭もあれば片親家庭もある。大都市居住者からアラスカのような過疎地に住む人々もいる。会社員、公立学校教員、医者もいれば配管工の親もいる。
1.ホームスクールの子どもは質のよい教育を受けているのか?
アメリカ、カナダに限っていえば、公立学校生徒より平均15〜30%の高い得点を取っている。読み、書き、算数などの基礎学力のみならず、理科、社会、技能教科すべての面で優れている。
2.社会性の陶冶という点では?
ホームスクールで学ぶ児童生徒は、あらゆる年齢層の青少年、成人との生きた活動に日常的に関わり、日常的にかつ自然に社会的,情意的な発達が図られるようになっている。(人為的な)典型的な学校組織での無意味な同世代グループという設定ではない、様々な現実の場面で、多様な年齢層や職業人との現実的な相互関係(interaction)が重視されている。たとえば、スポーツ・クラブ、4Hクラブ、ボーイ(ガール)スカウト、教会の行事、ガーデニングなどの趣味の会、外国語や科学などの協働的な小集団学習会、さらにコミュニティーカレッジの公開講座など、家庭での基本的学習を補充し強化する様々な学習機会がある。ホームスクールの子供たちは、父母、兄弟との絆ははるかに強い。その絆は社会的、情緒的、心理学的にも健全かつ教育的であることがいくつかの調査で明らかにされている。
3.ホームスクールの子供たちはカレッジや大人社会でどのようにうまくやっていけるのか?
 アメリカでは、ホームスクール出身の生徒は他の公立学校生徒よりSATやACTなどの大学進学の全国標準テストでは常に成績(平均値)は高い。大学でも継続して優秀な成果を収めているという調査結果がある。彼らが大人社会に出ても、厳しい労働条件にも耐え抜く自立心に比較的富み、自力で生活費を稼ぎ、より積極的に家族や社会に貢献している。
4.特別なニーズを持つ子どもについてはどうか?
ホームスクーリングは、学習障害の子ども、ADD,ADHD,自閉症(autistic)、その他精神的、身体的な障害を有する子どもにとりわけ適しているといえる。ひとり一人に用意された(tailored)柔軟な(flexible)カリキュラム、一対一の教授=学習形態などのホームスクーリングの利点は、特別なニーズをもつ児童生徒にとっては最善の選択になりうると、多くの父母たちは確信している。多くの調査結果はこの確信を支持している。
5.英才児の場合はどうか?
ホームスクーリングは特殊な能力・才能に恵まれた英才児の親たちにとって、学校教育に替わるもうひとつの選択肢として注目され、たちまちその数を増してきた。ホームスクーリングではその子に合ったペースで柔軟にプログラムを修正し、子どものニーズに即応することができる。場合によっては、家庭教師(tutors)あるいは専門的指導者(mentors)をつけて、科学、歴史,絵画、地理学や楽器演奏などの知識・技能を深めることもできる。
6.最近のホームスクーリングの特徴点
  • 家庭中心教育(home-based education)への父母の関与は積極的だが、子どもの勉強時間の大部分は、主に母親が教師として面倒を見ている。実質的に主として父親が教えているという例は全体の10%ほどに過ぎない。
  • 調査に依れば、1998年秋の時点で、片親家族でホームスクーリングを実践しているのは25000世帯で、その数は近年増えつつある。
  • 学習プログラム−自作や商品化され(購入した)カリキュラム教材のいずれをも含めて、学習プログラムは弾力的に編成され、高度に個別化されている。
  • 完全にパッケージ化されたカリキュラムを利用している家庭もあれば、既成の構造化されたカリキュラムのごく一部を利用してホームスクーリングを自前で実践している家族もある。これは「学習のライフスタイル」(lifestyle of learning)もしくは脱学校化(unschooling)と呼ばれる。
  • 子どもたちは形式的には一日3〜4時間の「授業」を受け(schooled)、しばしばそれを超えた時間を個々人の補習に費やす。正式の、もしくは構造化された「授業」時間は子どもの年齢に従って加減される。
  • 1年間でホームスクールに親が出費する一人当たりの経費は平均450ドルで、大部分の場合$375〜&525の範囲内で支払っている。これには、教科書代、定時制の特別授業その他の教室参加費、フィールドトリップ(遠足),特別な教材費が含まれる。
  • ホームスクールは原則として州が補助する公立学校の教育もしくはサービスを受けない。スポーツや音楽活動、時には地方では主要教科の授業を受けることもあるが、ごく少数に過ぎない。
  • (HSの)子どもたちは読み、書き、算数、数学、理科を重視した伝統的な、幅のある主要教科を学んでいる。
  • 多くのHSの子どもたちは、地域ボランティア活動、政治に関する体験学習、旅行、宗教活動、動物の飼育、園芸、全国レベルの競技会やコンテストなどのとくべつな研修活動や行事に参加するなど、弾力性に富む家庭教育を受けている。
  • 大部分のHSの生徒は少なくとも4〜5年のHSを経験している。HSのほとんどの親は、ハイスクールあるいは中等教育段階も継続して、家庭で教えていきたいと考えている。
  • HSの家庭は、平均3,0〜3,3人の子どもがいる家庭である。
  • 典型的なHSの開始年齢は5〜6才頃であるが、州が義務づけた年齢に従うというより、個々の子どものレディネスや学習ニーズに合わせて親が判断し、指導していく。
  • HSの子どもの70%は7歳から13歳の年齢層である。
  • HSの親の学歴については、半数以上の親は大学もしくは高等教育機関の卒業学位(Bachelor’s Degree)を持ち、高校までの卒業者もかなりいる。
  • HSの平均年間所得は$25,000〜$49,000(44%)、$50,000〜$74,000(25%)、$75,000以上の家庭が13%である。この分布は典型的なアメリカ人の家庭の収入規模に匹敵する。
  • 75%以上の家庭は、定期的に教会等の宗教行事に参加している。そのほとんどがキリスト教系で、正統的な、聖書に基づく教義を最重要視している。不可知論者(agnostics),無神論者(atheists)、仏教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、新世代の若者たちも、僅かに含まれる。
  • 人種・民族的背景について見ると、白人/非スペイン系の家庭が90%を超えている。HSに参画するマイノリティーの家庭も近年増加の傾向にある。HSの家庭は‘変わり者’(outlandish)という世間の見方は今では薄れ、子育てや教育についての考え方の違い以外は、彼らは普通の(mainstream)アメリカ人なのである。
7.なぜホームスクールを選んだのか?
  • もっとも多く語られる選択理由は子どもの価値観や生活様式の発達に対する不安である。彼らの願いは、自分たちに合った道徳的な環境の中で、哲学的、宗教的、文化的な価値観や伝統、信念、あるいは特定の世界観を自ら伝え、教育したいということである。
  • 子どもの認知的発達への不安が第二の大きな理由である。親たちはわが子が学校で学ぶよりもっと学問的に学業を完成させたいと願う。
  • そのことに関連して、カリキュラムや学習環境を個別化することによって、一人一人の子どもの、固有の能力やニーズに即応させたいと願っている。
  • より緊密な親子関係を構築して、子どもと親、あるいは兄弟姉妹間の家族の絆(family relationships)を深めたいと願う。
  • 子どもと同じ若い人たちや大人たちとの、親の目にかなった(guided)、筋の通った(reasoned)社会的な相互作用を提供して、学校施設内でもたらされるところの、子どもにとって不要なむしろ有害な子ども達どうしの圧力を避けたいと願っている。
  • 多くの親たちの間に,わが子の(生命・身体)安全性への不安が高まっている。物理的な暴力、ドラッグ、アルコールなどの心理的な乱用、さらに過度の性的関心などへの不安が高まっていること。

[ Home ]