日本第36回比較教育学会

チャーター・スクールにおけるアカウンタビリティーの問題
―公立学校の民営化(privatization)を中心にー

                     
菊地 英昭(国立教育研究所研究協力者)
(湘南教育文化研究所)


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概要説明

 1992年、セントポール市イースト・サイドに全米最初のチャーター・スクール(以下「CS」と略す)、「シティー・アカデミー」が誕生して、既に8年が経過している。クリントン大統領はかって、「全米のチャーター・スクールを2000年までに3000校にする」と宣言した(1999年一般教書演説)。今日(2000年6月現在)まで既に36の州およびワシントンD.C.でCS法を州議会で可決させ、今や約1700校に達している。
  (教育改革センター:CER;http://edreform.com/charter_schools/today/index.html)。
 この驚異的なCS運動の勢いを象徴するように、全国的なイベントが2000年5月1日から5日間全米各地で開かれた。「全米チャーター・スクール週間」(National Charter Schools Week)と称するいわば"チャーター・スクール祭り"がそれである。このメイン会場にはCS発祥の地セント・ポール市(MN)が選ばれ、5月4日には、クリントン大統領が連邦政府教育省R.ライリー等政府高官を伴い祝賀会に出席している。会場には、J.ヴェンチュラー ミネソタ州知事、セントポール市長、教育長、さらにシティー・アカデミーの創立者ミロ・カッター、そして生徒数名が大統領と懇談し、シティー・アカデミーを2時間視察したのである(http://www.charterfriends.org/csweek-previsit.html を参照)。この期間中、それぞれのCSでは様々なイベントが計画され、例えばミシガン州だけでも100校以上のサイトで、CSのプロフィールを展示したり、コンサート、科学フェアー、地域活動の紹介などのコーナーを設置して、議会議員や教育委員などを招いて食事会を催すのである。新しいタイプの公立学校としてのCSを、広く市民にPRする絶好の機会ととらえているのである。

 さて、筆者がCSに関心を抱いて既に5年余りが過ぎた。その間にインターネットによるCS情報ネットワークの存在を知り、以来、全米の様々な教育研究機関(シンクタンク等)、政府機関、大学の研究機関、教員組合(NEA,AFTなど)等から出される夥しい量の資料に囲まれるようになった。CS統計情報は日進月歩変化する。特に、CS運動の初期の頃からいち早くその発展に注目し、最新情報を継続的に発信している前述のCER(教育改革センター)が果たしている役割は大きい。J.アレン(Jeanne Allen)率いるプロジェクトチームは、各州のCS法を分析・評価し、実に興味深い基準を設定したランキング表を作成している。(http://www.edreform.com/charter_schools/laws/ranking_2000.htm
 一方、教育専門誌「[Education Week] のウェッブ・サイトでは、各州のアカウンタビリティー政策の詳細な分析・評価とランキング表が掲載されている。CSの要諦は学校の経営評価であり、生徒の学習成果をどう向上させたかその評価と責任の取り方の問題に帰着する。各州の教育当局のリーダーシップを占う意味でもこのプロジェクトの果たす役割は大きい。https://secure.edweek.org/sreports/qc00/templates/article.cfm?slug=execsum.htm

 そこで、本研究発表では、アメリカにおける長年取り組んできた学校選択とアカウンタビリティーに関する調査研究の一部として、今回はチャーター・スクール運動の動向と公立学校の民営化の問題を取り上げ、学校教職員の全国組織であるNEA,AFTの教員組合の反応に焦点を当てて検討してみたい
 チャーター・スクール(以下[CS]と略す)とは、公費で維持される、一定期間の契約制の公立学校である。その基本原理は、(1)学校選択(school choice)制度を前提し、(2)法令・規則に縛られない自律性(autonomy)(3)結果(教育成果・学習成果)に対する説明責任(accountability)の明確化を要諦とすることの3点に求められる。

 アメリカのCS運動は、近年ますます全米各地に拡大し、公立学校のみならずプライベイト・セクターにまで影響が及び(私立学校から転用(convert)したCS、私学入学者への公費補助、バウチャー制など)、CSの持つ教育経営の自主・自立志向と、結果に対する責任(アカウンタビリティー)の重視の考え方は、今や既存の公立学校体系にも波及効果を生じている。
 NEAでは、独自のCSを全国の5カ所に創り、認可を得て、既存の公立学校ではできない実験的試みを、NEAのプロジェクトとして支援していく事業をスタートさせている。教員組合としては、CS運動は自分たちの立場や運動に明らかに「敵対するもの」であるにせよ、単なる批判や無視だけではいまや説得力がないことから、自ら積極的にCSに挑戦する戦術転換を余儀なくされたともいえよう。
 一方、アメリカ教員連盟(AFT)はシャンカー元委員長時代からCSを積極的に評価していたが、「アカウンタビリティーの評価こそCSの存立基盤であるにもかかわらず、その評価基準や、州のアカウンタビリティー政策が十分整備されていない」ことを指摘し、今日では「CSの民営化の問題」が緊急の脅威だと警告し、その対策を会員向けにマニュアル化している。行政による教育サービスの質の向上と経費削減という二つのアカウンタビリティーの論理を追求するとき、民間委託は果たして有効な選択になりうるのかどうかがためされている。
 新聞(2000,1/30読売朝刊)でも取り上げられたように、エディソン・スクールやビーコン、テサラクト、ノーーベル、セイビス(SABIS),アドバンテージなど、公立学校の経営会社が急増している。この新聞記事では、CSの概念と、コントラクティング・アウト(民営化)が混同されており、すべてのCSが私企業によって運営される公立学校という印象を免れない(詳細は発表レジメ)。
 1700校のCSのうち、こうした全国規模の営利企業が経営するCSの数は不明だが、非営利の教育団体(法人)やCS創立時の教師、父母、その他の地域の熱心なサポーターによって運営されているケースが多いのである。とりわけ、CSの運営では、父母、保護者の学校経営参加が重視されているという事実は重要である。
 大手の公立学校請負会社の進出を抑制するもう一つの要因に、他州の全国チェーン企業に対する不信感と地域主義ともいうべきエートスがあげられる。教育は行政サービスの柱の一つで、年間予算も常に上位を占める。地域住民の税金が他州の企業の利潤として持ち去られることへの反発は強い。
 市場の競争原理が教育界に果たして通用するのかどうかがためされている


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