アメリカ教育学会第14回大会発表レジメ

研究題目

チャーター・スクール運動におけるホームスクールの位置 
―カリフォルニア州・ベイエリア地域の事例を中心に

 

菊地 英昭(湘南教育文化研究所)
http://www.shj.or.jp/seclabo/

発表内容
  1. はじめに
  2. カリフォルニア州における公立学校の私学化の背景
  3. 州教育当局のホームスクール政策の概要
  4. ホームスクーラーを対象とした
    新しいタイプのチャーター・スクールの事例
    1. ホライズン・インストラクショナル・システム
    2. Valley Charter School
 

期日 平成14年10月5日(土)
会場 関西大学100周年記念会館

1.はじめに
 西部開拓時代、ゴールドラッシュと移民の流入でカリフォルニアは一躍脚光を浴び、以来、様々な人種、民族、文化の異質な人々が広大な州土に住み着き、独自のコミュニティーを形成してきた。19世紀後半、コモン・スクール運動がアメリカ全土に普及し、義務教育法が施行されたが、宗教的信念から頑なに入学を拒否し、自宅でわが子を教えるというやり方を固守しているコミュニティーが今も州の各地、とりわけ湾岸地帯に点在している。
今回のサンフランシスコ湾岸地域の調査旅行(2月〜3月)では、いわゆるホームスクールを自ら実践し、キリスト教のホームスクール協会で、ボランティアでホームスクールの支援活動をしている人に偶然出会い、アメリカのホームスクール事情を知ることができた。実は、今回はチャーター・スクールの実態調査がおもな目的であったが、ホームスクーラーとの出会いによって、研究の焦点はホームスクール運動との関連でチャーター・スクールを考えるという方向に移ってしまったのである。 そこで、本研究では、カリフォルニア州におけるホームスクール運動、とりわけ、本来私学として発達してきたホームスクールが、チャーター・スクールという装いで公立学校化している最近の動きに焦点を当て、それはどのような制度的な仕組みになっているのか、さらに、その二つの運動が合流してどんな展開がなされたのかについて、二つの事例を中心に探ってみたいと思う。
2.カリフォルニア州における公立学校の私学化
 サラダボールにたとえられるように、カリフォルニア州(CA)は、さまざまな人種・民族・文化・宗教の集合体である。このことは、公立学校の中にもさまざまなオールタナティブ・プログラムがあり、マグネットスクールやチャーター・スクールが全米で先駆的に発達し、常にニュー・スクール運動が絶えないという教育状況と密接に結びついている。例えば、1990年代伝統的な公立学校と決別し、新しいもう一つの公立学校を目指す、いわゆるチャーター・スクール運動は、隣のアリゾナ州に次いで、全米第2番目の学校数を誇り(全米2700校中452校/2002年秋―CERデータ)、そこで学ぶ生徒数は約13万5000人に達し、その数は全米1であり、さらに拡大傾向にある。
 また、カリフォルニアは「私学王国」と言われるほど、公立学校を選択しない人々が伝統的に多い。
 連邦教育省の調査では(1988)カリフォルニア州には私立学校が3470校(生徒数62万9344人)あり、これは全私学の12.5%にあたり、2位のニューヨーク(7.2%)、3位ペンシルベニア州(6.8%)と比べてもはるかにその占有率が高く、カトリック系の私立学校が圧倒的に多い。州憲法によって、私立学校への公的資金による援助は原則として禁じられている。但し、「個人補助」の形で、バス通学費、公立学校プログラムの受講、教科書(使用権)、私学に在籍しながら特別教育プログラムを無償で受けることができる程度で、私学の場合、原則として教育費はすべて個人が負担する。
 実は、それら私学と公立学校群の周辺部に、近年急激に増加するホームスクールのグループが大きな位置を占めるようになった。教育当局の管轄から離れており、実際の数はほとんど知られていないが、カリフォルニア・ホームスクール協会(Home School Association of California/ HSC)のデータによれば、アメリカ全土では少なくとも100万人以上、150万人から200万人いるともいわれ、著名なホームスクール研究者Brian D .Rayの最近の報告によれば、2010年には300万人を越えるだろうと予測している(Ray,BD,2002)。また、「Homeschooling Almanac2002-2003」によれば、400万人(おそらく家族も含めて?)という数値もある。一方、カリフォルニア州の場合、確実なデータは見あたらないが、6万から20万の学齢期の子どもたちが、自宅で親から教育を受けているといわれている(HSC/Web-Site)。此の数は州全体の、チャーター・スクールで学ぶ生徒数をはるかに上回っている。
3.州教育当局のホームスクール政策の概要
  • ホームスクーリングとは、教員免許状を有しない父母がわが子を近隣の学校に通学させないで、もっぱら家庭、または通信教育(correspondence course)その他それに類する教材などを利用して、「親が自分で教育すること」をいう(CDE・HP)。すなわち、教員免許証を有する親または教育上の責任者が、州当局が認定した教員資格を有し、子どもを学校外(自宅)で教える場合は、申請によって私立学校として扱うことが法的に認められる。カリフォルニア州の教育法令集(Education Code)では、ホームスクーリング(もしくはhome schooling) と称する用語は見あたらない。教育当局にとって、それは「法的な選択権(option)という認識はなく、伝統的な公立学校という施設外でのオールタナティブとしてのもう一つの「学校」で、子どもを学ばせたいと願う親達の選択肢(choice)」(Bruce Fuller/2000)と捉えられているNon-Classroom-Based Instruction –Title5.California Code of Regulations,Division1,Chapter 11 Subchapter 19.Charter Schools/ Home-Based Independent Study –―Independent Study Operations Manual -CDE)。従って、ホームスクーリングは公的に認可された学校ではない以上、「家庭教師」のある場合を除き、家庭で学ぶ子どもたちは、原則として出席義務を課する州の法令に違反していることになる。すなわち、公教育機関での教育を補うために、親が家庭で教えるのは自由だが、公立学校での教育(public school education)の替わり(as a substitute)としてのホームスクーリングは法的に認められないというのが建前ではあるが、最近の「学校離れ」の加速化の流れの中で、この原則は崩れつつある。
  • それでは、義務教育年齢のこどもを持ち、公立学校を選択したくない父母たちのために、CA州では、一般にどのような法的措置を講じているのか。概ね、次の三つの選択肢がある。
    • 家庭教師による教育(Private Tutoring)
    • 全日制の私立学校(private full-time day school)
    • 家庭での自学自習プログラム(Independent Study Program/ISP)
    (a)は州の公立学校義務就学法(Compulsory Public School Attendance Law / Education Code§§8200,48220,and 48224)の法的免除措置の一つで、学外で教える者(tutor)は、父母であれ、子どもの所属学年に応じた教員免許状(California teaching credential)を取得していることが義務づけられている。しかも、公立学校で修得すべきすべての分野にわたって教授することが定められている。すなわち、一日午前8時から午後4時までの間に、最低3時間、年間授業日数175日を最低確保し、英語で教えることとなっている。免許状で規定する以外の学年レベル(例えば中等教育段階)のこどもを教えることは、無資格であるとみなされる。
    (b)はいわゆる私立学校で、第2の免除措置と考えられている。州内の私立学校は、毎年、州教育長に対して、一定の情報を記載した私立学校宣誓供述書(R−4 Affidavit)の提出が義務づけられているにすぎない。これは当局が公教育管理上の統計作成上の資料とするためのものであり、インターネットで書式が公開され、郵送できるようになっている。しかし、これは単なる統計資料であり、州の公式の認可を示すものではなく、ほとんど法的規制はない。
     従って、私立学校の教員には教員免許状取得を義務づけられていない。このことは、免許状を持たない親にとっては、ホームスクール(親が家庭でわが子に教える)を私立学校と見なし,その開設手続きをし、AFFIDAVITの手続を取ればよいのではないかという見方が成り立ち、実際にそれがかなり広がっている。
    (c)はホームスクールを希望する父母を対象に定められた方策で、公立学校もしくは私立学校が開設する自学自習プログラム(Independent  Study /以下ISと略す)と呼ばれるオールタナティブ・プログラムを親が選択して、学区当局に登録し契約するのである。それは、公立学校の免除措置というより、公立学校の監督の下に、教室での授業(classroom instruction)に替わるもう一つの学習形態(オールタナティブ)と考えられている。このプログラムを父母が選択した場合、先ず近隣の学区(school district)に申請して協約(agreement)を交わして一定の手続きをしなければならない。なぜなら、その学区内に居住する義務教育年齢のすべての子どもを管轄する権限は、学区当局にあるからである。従って、その協約には、学区が定める教育課程の基準(course of study)に合致しなければならない。また、特別のニーズを有する子どもがISに参加することができるのは、個別教育プログラム(IEP/Individualized Education Program)が用意された場合に限られる。いずれにしても、CA州当局は資格のある指導教員による指導助言(supervision)のもとに、家庭での自学自習を計画的に進め,定期的に出席簿、学習成果の報告を求めている。学区によってはISが提供されていない場合があるが、その場合カウンティーのオフィスに出向いて,他の学区のISを利用するという手だてが講じられる。
4.ホームスクーラーを対象にした、新しいタイプのチャーター・スクールの出現
 チャーター・スクール(以下[CS])は、公立学校の「私学化」もしくは「民営化(privatization)」という性格が強い。州や学区の法令規則に縛られることなく、公費で運営される公立学校で、認可機関との契約(チャーター)に基づき、その規定に違反したら、更新されず解約となるというのが原則である。従って、学区・州の法令・規則に縛られないなら、新しいCSを開校し、その生徒として在籍しつつ、ホームスクーリングという家庭での教授―学習形態を選択して、自学自習プログラム(IPS)を継続するという発想が成り立つのである。これは、「私学の公立化」という逆の現象であり、1992年、CS法が施行されて以来、これまでほとんど野放し担っていたホームスクーラーの一部の人達はこのCS運動に注目し、公教育システムのサービスを求めて、地方教育当局(学区)が認可するCSという比較的緩やかな学校に集結し始めたのである。いわばホームスクールの中央集権化といえよう。しかしながら、伝統的な私学としてのホームスクーラーの人達からの激しい批判・抵抗があり、教育行政当局にとっても、公的資金を使って、他の公立学校生徒と同様に扱うことへの批判・疑念がつよい(Bruce Fuller 2000)。

 そこで、本研究では二つの事例を、いずれもCA北部、サンフランシスコ湾岸地域に求めて、その運営の実態と問題点を検討する。
参考資料 ホームスクール運動の動向

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